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	<title>和田寺NOW!</title>
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	<description>お寺が発信する WEBマガジン</description>
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		<title>タオ療法臨床百話 / 素晴らしい癒しの手段に感謝</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 00:35:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[タオ療法臨床百話]]></category>

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		<description><![CDATA[そして私は、本当に、このような素晴らしい癒しの方法が存在するということに、とても感謝しています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>これは私の患者さんから書いていただいた手記です。<br />
読んでいただけたら幸せです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://news.taosangha.com/jp/taoryoho_stories/hyakuwa_18/attachment/kursbechristine2/" rel="attachment wp-att-8415" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2012/01/KursbeChristine2-100x100.jpg" alt="" title="KursbeChristine2" width="100" height="100" class="alignnone size-thumbnail wp-image-8415" /></a>クリスティン・ホラック（オーストリア在住）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>クリスティン・ホラック先生からタオ指圧の治療を続けていただいて、<br />
もう３年になります。<br />
ライム病（細菌感染症）になったほか、足首のむくみからくる強い<br />
痛みや、耳鳴りの症状 等 もありました。<br />
耳鳴りは、どうも父を亡くしたことへの深い悲しみから来ている<br />
ようでした。私は、仕事も手につかず、”とにかく何とかしなければならない”という<br />
ような状態でした。</p>
<p>はじめてタオ指圧の技法を受けたとき、不思議な”ヒビキの感覚”が手足に<br />
訪れて驚きました。でも後は、なんだか身体が軽くなったような気がしました。<br />
治療後も、長期にわたるリラックス感を与えてくれました。</p>
<p>タオ指圧の効果は、身体だけでなく、魂の領域にまで及ぶと感じます。<br />
私のコリは、静かに遠のいていきました。「気」エネルギーの循環が良くなり<br />
ました。それはまるで、心身が浄化されてゆくようでした。治療が、全身に<br />
わたって浸透してゆくのです。</p>
<p>ホラック先生の治療は私の身体の広範囲に及びました。それは、とても心を<br />
和らげるものでした。さらに、治療後のティー・タイムも、また癒しの時間でした。<br />
私とホラック先生は、心に響く、とても大事な話をしました。私たちは、<br />
人生の意味について語り合いました。</p>
<p><a href="http://news.taosangha.com/jp/taoryoho_stories/hyakuwa_18/attachment/shiroihana/" rel="attachment wp-att-8428" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2012/01/shiroihana-400x300.jpg" alt="" title="shiroihana" width="400" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-8428" /></a></p>
<p>痛みはどんどん消えていっています。<br />
仕事もおかげさまで順調にこなすことが出来るようになりました。時折強いストレスを感じると、<br />
関節がうずくことがありますが、耳鳴りは殆ど消えました。時には全く聞こえなくなりました。<br />
私の魂と身体は、大いに癒されています。<br />
悲しみと憂鬱だった心は、楽しさと感謝の気持ちへと変化を遂げました。<br />
私は、このような素晴らしい癒しの手段が存在するということに、<br />
本当に心から感謝しています。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>住職に聞く！第十七回　伝えることは利他かエゴか？　</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/jyushoku017/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/jyushoku017/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 00:34:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[住職に聞く！]]></category>

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		<description><![CDATA[心の深い世界に入ってみたら、喜びも悲しみも奥ではーつでした。そこには、ただ温かな仏さまの大愛があったんですよ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_8456" class="wp-caption aligncenter" style="width: 682px"><a href="http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/jyushoku017/attachment/wadaji2-1/" rel="attachment wp-att-8456" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2012/01/wadaji2-1.jpg" alt="" title="wadaji2-1" width="672" height="316" class="size-full wp-image-8456" /></a><p class="wp-caption-text">島根県匹見　浄土宗和田寺</p></div>
<p style="text-align: left;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
<a href="http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_5/attachment/ryoukyu-e2-2/" rel="attachment wp-att-7728" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/08/ryoukyu.e2-270x400.jpg" title="ryoukyu.e2" width="153" height="227" class="size-medium wp-image-7728 alignleft" /></a>遠藤喨及プロフィール</p>
<p style="text-align: left;">東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ<br />
指圧／気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、<br />
さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。<br />
1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界<br />
各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。<br />
また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各<br />
センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助<br />
NPOユニ事務局等、さまざまな精神文化の発信拠点となっている。<br />
著書に、「＜気と経絡＞癒しの指圧法」（講談社＋α新書）、「気の経絡<br />
指圧法安らぎのツボ実技篇」（講談社＋α新書）、「気心道」（だいわ文庫）、<br />
「タオ指圧入門」（講談社α文庫）等があり、いずれも数か国語に翻訳出版<br />
されているほか、五カ国語で出ているDVDブック「気心道とタオ指圧」（タオ<br />
出版）、DVD「＜気と経絡＞タオ指圧」（医道の日本社）等の映像がある。　一方、音楽家としては、ミディレコー<br />
ドよりライアル・ワトソン推薦版である「ウォーター・プラネット」を含む、五枚のソロアルバムをリリースし、内外の<br />
テレビやラジオでオンエアーされている。また、自ら率いるバンド、遠藤りょうきゅう&amp; LAMANI でもCDアルバム<br />
「アミリタ」を発表し、ライブ活動を行っている。<br />
遠藤喨及個人ブログページ　　<a href="http://endo-ryokyu.com" class="liexternal">http://endo-ryokyu.com</a></p>
<p style="text-align: left;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・</p>
<h3>第十七回</h3>
<p><span style="color: #0000ff;">――さて、「寄り道篇」も終わったことですし、「第１６回　住職に聞く」</span><br />
<span style="color: #0000ff;">の続きをお願いしたいと思います。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：久しぶりですね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――住職は２２歳のとき、仏さまの実在を体験された。それによって、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">心身に驚くような変化が生じたということをお聞きしました。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：そうなんですよ。心が変わっただけでしたら、単なる自分の<br />
思い込みだと思ったかも知れません。でも、いつもガチガチに緊張して、<br />
堅く不快だった身体（存在感覚）が変わったんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――どういう風にですか？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：脱力して、柔らかく快い身体（存在感覚）になったんです。<br />
そしてもちろん、それに伴うかのように心も変わりました。<br />
身体が変わったんでは、さすがにアマノジャクな僕でも、<br />
否定のしようがありませんでした。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。それに加えて、“無意識に人に対して、気の作用を</span><br />
<span style="color: #0000ff;">及ぼすようになった”とも、おっしゃいましたが、実は私、その話に、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">とても興味があるんです。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：うまく説明できるかなあ、、、。とにかく、その頃の自分は、<br />
実在している如来（仏）さまの影響を、日常的にがんがん受けている<br />
わけですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：ふわーっと、大霊の作用を受けて、全身の細胞がジンジンと<br />
気持よくなったり、、、。<br />
身も心も、温かく融けてしまったようになったり、、、。<br />
それから、喜びも悲しみも融けてしまいまして、、、。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――へぇー？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：喜びも悲しみも溶けると、ただ心が温かいだけなんですね。<br />
ヘッセの「春の嵐」という小説に、「喜びと悲しみはーつのハーモニー」<br />
というような言葉がありました。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――あぁ、あのバイオリン弾きの話ですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：はい。でも、心の深い世界に入ってみたら、喜びも悲しみも<br />
奥ではーつでした。そこには、ただ温かな仏さまの大愛があったんですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうだったんですか、、、。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：ようするに、びんびんに如来さまの大愛を、日常的に、<br />
からだで実感しているわけです。だけど、こんなこと言語化しても、<br />
あまり意味がないとも思うんですよ。まあ、今はしているわけだけど。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――意味ないとおっしゃると？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：今だってせいぜい、“ふあーっと大霊”とか、“じんじん気持いい”とか、<br />
“温かい”とか、まあ、そんなことを言っているだけじゃないですか。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうですか。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：聞いた人自身が、それを感じるわけではないから、<br />
実感そのものが伝わるというわけではないですし。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：でも、僕としては、こんな素晴らしい世界を自分一人のものに<br />
しておくのは、もったいないから、道場に来て体験してもらいたい、<br />
とは思うのです。もっとも、“道場に来てもらいたい”ということ自体が、<br />
自己矛盾しているような、自己一致しているような、妙な感じがありましたね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――妙な感じというのは？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：集中して修行や伝道に励むことになったのは、道場を去って<br />
放浪の旅に出るため（第十一回／住職に聞く！を参照）だったのです。<br />
矛盾しているというのは、僕が人を道場に連れて来ようとした、<br />
そもそもの動機が、「自分が旅に出るため」だった。それは<br />
自分的な認識としては、エゴなわけですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はあ。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：でも、エゴなんかでは、誰も道場に修行に来ないですよね。<br />
実際のところ、人のために、どんなことでも一生懸命お世話する、というような<br />
利他的な行為があって、それが心の琴線に触れた人。さらにその内の<br />
１０人に一人ぐらいが道場に来てくれるかなぁ、という感じです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――修行に入る人となると、さらに少ないでしょうから、なかなか大変ですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：でも、そもそも伝道というのは、そんなものでしょう。<br />
キリスト教の宣教師なんかの行為を考えればわかるように。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――それもそうですね。ただ説教したところで、人が来るものでは</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ないですからね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：そうそう。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――住職は、そうして利他的に人のお世話をしながら修行した結果、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ひょうたんからコマのような回心体験（宗教体験）を得られたのでしたね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：まったく期待していなかったことでした、、、。<br />
もっとも、それで放浪の旅に出るという人生計画が、変更になったわけでは<br />
ありません。だから相変わらず、自分に課した義務としても、<br />
道場に人を連れて来なくてはならないんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうかあ。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：しかし同時に、自分が味わっている深い安らぎや喜び、<br />
また、仏さまの実在を実感することによって生じる、存在する快さの感覚。<br />
それらを、他の人にも分ちたいという強烈な想いもあるんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうでしょうねぇ。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：でも同時に、“道場に人を連れて来るのは、自分のエゴではないか”<br />
という、心のどこかに罪悪感みたいなものもあるんですよ。<br />
だから、エゴと利他が同居しているような妙な感じで、<br />
それなりに葛藤はしているんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そういう意味だったんですね。　</span></p>
<p><strong>住職</strong>：で、自分が行っていた、人に対する気の作用なんですが、、、。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：それは、「自分の感じている安らぎや喜びを、相手の人の心身に<br />
浸透させる」というものでした。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――へぇー、どんな風にするのですか？　ぜひ、もう少し具体的なお話を</span><br />
<span style="color: #0000ff;">お聞きしたいです。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：では、次回に。</p>
<p>―続く―</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>『人間臨終図鑑』全４巻　山田風太郎　著</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/wadaji-culture/yamadahutaro/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/wadaji-culture/yamadahutaro/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 00:31:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[Culture]]></category>

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		<description><![CDATA[静かな死もあれば、壮絶な死もある。納得するする死もあれば、言葉を失うような不条理な死もある]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_8479" class="wp-caption aligncenter" style="width: 250px"><a href="http://news.taosangha.com/jp/wadaji-culture/yamadahutaro/attachment/pt360001/" rel="attachment wp-att-8479" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2012/01/book2.jpg" alt="" title="PT360001" width="240" height="400" class="size-full wp-image-8479" /></a><p class="wp-caption-text">徳間文庫</p></div>
<p>奇書と言われているらしい。<br />
学生時代に、友人が古本屋で『人間臨終図鑑』という本を買ったと言って、<br />
熱心に語っていた。古今東西の有名人を、死んだ年齢順に、どのように<br />
死んだのかを記述しているものだと言う。<br />
当時は、まったく興味が持てなかった。<br />
当然、その妙な題名の本のことも忘れていたのだが、文庫化されて書店<br />
で見かけるようになり、にわかに気になりだした。</p>
<p>この本は、ついつい何度も同じページを読み返して見たくなる。<br />
そして、現在の自分と同年代に死んだ人を探して、これまた何度も読み返す。<br />
くせになる本かもしれない。<br />
自分の死に慣れておかなくては、、という無意識の働きなのだろうか、、？</p>
<p>文庫本で４冊、923人の短い死の物語。<br />
著者の山田風太郎氏が描いた個々の死は、ほとんど個人的感情を入れずに<br />
書いているように感じられる。それでも、やはり山田風太郎氏の考え方を<br />
垣間見ることのできるところが随所にあり、面白い。<br />
静かな死もあれば、壮絶な死もある。納得するもあれば、言葉を失うような<br />
不条理な死もある。また、それぞれの生きた時代を浮かび上がらせる。<br />
ただそれだけじゃない。これだけの人数の死の物語りを読むと、人が生きる（死ぬ）<br />
という現象の不思議さまでも、自然と感じることになる。<br />
そして、何故か不思議なことに、読後はすがすがしさも感じるのだ。</p>
<p>文／中川りみ</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>タオサンガ年越し念仏ギャザリング</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/workshop/taosangha_nembutsu/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/workshop/taosangha_nembutsu/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 06:36:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[ワークショップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://news.taosangha.com/jp/?p=8380</guid>
		<description><![CDATA[一年の計は、年越し念仏ギャザリングにあり！

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><a href="http://news.taosangha.com/jp/workshop/taosangha_nembutsu/attachment/nenbutsuworkshop2/" rel="attachment wp-att-8381" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/nenbutsuworkshop2.jpg" title="nenbutsuworkshop2" width="957" height="673" class="aligncenter size-full wp-image-8381" /></a></p>
<p><span style="color: #333300;"><strong>大晦日から元旦にかけて日本、世界の各タオサンガセンターで行われる、</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>恒例の年越し念仏ギャザリング。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>年々参加者も増え、今では大きな賑わいを見せるようになりました。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>このギャザリングに参加することで一年の心の垢を洗い流し、さらに仏さまから、</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>新しい年の願いを成就する運気を頂けるように、プログラムが組まれています。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>タイムテーブルは、その一連の流れを示しています。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>時間によっては、年越しそばを食べますし、またお酒を一杯飲んで</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>２時間ほど仮眠します。元旦の朝は、世界各地のメンバーとも</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>ネットとスクリーンでつながります。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>疲れたら休憩することも、また途中で帰ることも可能です。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>そして１時の満行には、おせち料理とおぞうにが用意されています。</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>一年の計は、年越し念仏ギャザリングにあり！</strong></span><br />
<span style="color: #333300;"><strong>思い立ったら、今年から来てみませんか？</strong></span></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://news.taosangha.com/jp/workshop/taosangha_nembutsu/feed/</wfw:commentRss>
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	</item>
		<item>
		<title>無料ワークショップ／「幸福力と仏教」が開催されました</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/workshop/wadaji_taosangha_workshop/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/workshop/wadaji_taosangha_workshop/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 00:31:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[ワークショップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://news.taosangha.com/jp/?p=8315</guid>
		<description><![CDATA[和田寺では、来年もまた無料ワークショップを開催し、参加者の心の扉をノックしたいと思っています
わくわくする人生の扉を開きたい方は、どうぞお楽しみに]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この和田寺NOW！でも告知しましたが、京都タオサンガセンターで<br />
11月25・26日の二日間、遠藤喨及住職プロデュースの無料ワーク<br />
ショップを開催しました。<br />
講師は私、中川りみと東京の後藤りゅうさんで、テーマは『幸福力と仏教』。<br />
幸福力とはどんな力のことなのか？<br />
どうしたら自分もみんなも幸福になるのか？<br />
・・これを、気の次元で大いに体験してみようではありませんか。<br />
というものです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
無料と聞いて、読者のみなさんは、どんな内容のワークショップを<br />
想像されるでしょうか？<br />
“ちょっと気軽に、気についての講義を聞く程度ではないのか？”<br />
と思われるかも知れません。<br />
だから、申し上げておきたいのですが、もし、そう思って参加されたら、<br />
腰を抜かすかもしれません。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p><a href="http://news.taosangha.com/jp/workshop/wadaji_taosangha_workshop/attachment/workshop_kyoto/" rel="attachment wp-att-8353" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/workshop_kyoto-400x265.jpg" alt="" title="workshop_kyoto" width="400" height="265" class="aligncenter size-medium wp-image-8353" /></a>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
今回参加された方にとって、ワークショップは、驚愕の内容だった<br />
ようです。それぞれに気を実感され、感動され、とても濃厚な時間を<br />
過ごされた様子でした。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
自分の人生観を問われる機会というのは、そうあるものではありません。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
でも、心を開いて生きていくならば、必ずそういったことが起こるのが<br />
人生。参加者の方々にとっては、自らの人生観を問われるワークショップ<br />
だったかも知れません。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
和田寺では、来年もまた無料ワークショップを開催し、参加者の心の扉を<br />
ノックしたいと思っています。わくわくする人生の扉を開きたい方は、<br />
どうぞお楽しみに。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
文／中川りみ（北海道在住）<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #003366;"><strong>ワークショップ体験者の声（抜粋）</strong></span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
Ｎ.Ｍさん<br />
今日本当に楽しく幸せな気持ちになりました。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
Ｏ.Ｍさん<br />
こんなに素晴らしい内容の濃いワークショップが<br />
無料だなんて本当に有難かったです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
Ｎ.Ｍさん<br />
気が感じられてとても感動しました。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>タオ療法臨床百話 / K.Tさんのダンス・ライフ</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/taoryoho_stories/hyakuwa_17/</link>
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		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 05:30:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[タオ療法臨床百話]]></category>

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		<description><![CDATA[この期間の彼女は感嘆すべき変わりようでした。そのせいか、付き合う人々、出会う人々が変わっていき、また両親をはじめ関わる人々の痛みも理解できるようになりました]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<div>K.Tさんは、私の別の患者さんである心理カウンセラーをしておられる方からの</div>
<div>紹介で来られました。症状は時折訪れるひざ、足首、背部痛と頑固な腰部痛、</div>
<div>それから不眠、というものでした。</div>
<div>聞いてみると彼女はコンゴの音楽を愛し、とても練習熱心な上、その社会では</div>
<div>珍しい白人のダンサーということで、仲間たちからは一目置かれているようでした。</div>
<div>治療をしてみると体はなるほど柔軟で、鍛えられているのですが、</div>
<div>腰部のこりは相当で響きも強くて体中に行きわたっていました。</div>
<div>その日の施療後は、症状も殆ど消え、場所によっては完全に消失したところも</div>
<div>ありました。</div>
<h4><span style="color: #ff6600;">繰り返す、痛みと不眠のパターン</span></h4>
<div>いわゆる”ストリートダンサー”たちの間では、毎週のように「バトル」と称して、</div>
<div>ちょっとした競技会のようなものが、あちらこちらで行われるそうです。</div>
<div>ある夜、彼女はバトルに臨みました。いざ見せ場というところで、右ひざに不安を</div>
<div>感じ一瞬躊躇したそうです。すると、パフォーマンスには差し支えない程度でしたが、</div>
<div>痛みが走り動きが不完全になってしまう、ということがあったそうです。</div>
<div>「けれども、次の日起きてみるとなんでもないの。」と彼女。</div>
<div>「他にも同じようなことはあったかい？」と私</div>
<div>「その後、ローカル・バンドの小さなツアーのためのオーディションがあったの。</div>
<div>やっぱりその時も同じで不眠もぶり返してきたわ。」</div>
<div>２度目の治療のとき、「どうもナーバスになったり怒りを感じたりすると、痛みが</div>
<div>ぶり返すみたい。そのことに落胆してさらに怒ると、怒りが持続して寝られなくなる、</div>
<div>そんなパターンを繰り返しているようだわ。」と彼女。</div>
<div>それ以降も定期的に治療を受けていましたが、このパターンはどこかに存在して</div>
<div>いました。そして時にはかなり長い間消えていても、あるときまた現れるということが</div>
<div>続いたのです。</div>
<div><a href="http://news.taosangha.com/jp/taoryoho_stories/hyakuwa_17/attachment/cave/" rel="attachment wp-att-8239" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/cave-600x450.jpg" title="cave" width="432" height="324" class="alignnone size-large wp-image-8239" /></a></div>
<h4><span style="color: #ff6600;">変化していった彼女</span></h4>
<div>こうなると、治療も単に肉体にとどまらず、心のさらに深みにまで及ぶように</div>
<div>なっていきました。</div>
<div>彼女は、タバコとマリファナをやめ、瞑想とエクソサイズを始めました。また、</div>
<div>痛みを受け入れてトラウマに向き合う、という姿勢も日常生活の一部になって</div>
<div>いきました。</div>
<div>この期間の彼女は感嘆すべき変わりようでした。そのせいか、付き合う人々、</div>
<div>出会う人々が変わっていき、また両親をはじめ関わる人々の痛みも理解できる</div>
<div>ようになりました。もちろん、全てがうなぎのぼりに順調であったわけでは</div>
<div>ありません。この期間中にもパターンは繰り返しました。しかし頑固だった</div>
<div>腰部痛は、“痛み”というよりも“弱み”という感じになり、ついには、特に</div>
<div>ダンス中の場合は殆ど完全にコントロールできるようになりました。不眠は</div>
<div>まだ週一ペースで現れていましたが、朝起きても疲れている、ということはなく</div>
<div>なったようでした。</div>
<div>治療を始めてからほぼ三ヶ月。面白いことにそれまでは夢中だった「バトル」から、</div>
<div>オリジナリティを自由に織り込んだ即興パフォーマンスへと興味が移行していった</div>
<div>そうです。そのことが、地下鉄の駅で踊っているときに声をかけられ、ついにモン</div>
<div>トリオール・ジャズ・フェスティバルで、無料参加の地元バンドとのジョイント</div>
<div>ですが、ステージにあがるという快挙（?）にも繋がりました。</div>
<div>現在の彼女は、大体毎月、心と体の調整に訪れています。</div>
<div>付け加えておきますと、治療のたびにお布施を、特に地震の被災地への寄付をして</div>
<div>くださっています。</div>
<div><a href="http://news.taosangha.com/jp/taoryoho_stories/hyakuwa_17/attachment/yutakasan2-2/" rel="attachment wp-att-8249" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/yutakasan2-100x100.jpg" alt="" title="yutakasan2" width="100" height="100" class="alignleft size-thumbnail wp-image-8249" /></a>文 / 豊田 悠貴（モントリオール在住）</div>
</div>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>私たちにできること</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/npo_uni/kazo_voluntarywork2/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/npo_uni/kazo_voluntarywork2/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 05:28:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[NPO活動]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://news.taosangha.com/jp/?p=8300</guid>
		<description><![CDATA[私たちは、大乗寺仏教を学び、それを私たち自身の生き方として磨き、
深めていくためにタオ療法を学んでいます。加須の避難所で、このような
学びを実践させていただけることは、とてもありがたいことです
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>３月１１日、未曾有の大災害が東北地方を襲い、その翌日には福島第一原発が<br />
水蒸気爆発を起こしました。<br />
目の前に福島第一原発がある双葉町のみなさんは、文字通り着の身着のままで<br />
避難されたそうです。用意されたバスに乗り、どこに行くのかもわからないまま<br />
移動し続け、着いたところが故郷を遠く離れた埼玉県だったと。<br />
当初の避難所であった、さいたまスーパーアリーナが、４月１日から使用出来なく<br />
なり現在の加須市の旧騎西高校に移動して、この校舎で避難生活を送っています。</p>
<p>震災直後は、ここに約１４００名の方々が避難されていたそうです。<br />
その後、仮設住宅や近くのアパートなどに移り住む方々も増えていますが、<br />
現在でも約４００名の方々がここで避難所生活を送っています。<br />
この騎西高校には、双葉町の行政組織も避難されており、校舎の二階に<br />
双葉町役場が設置されています。<br />
そのためか、騎西高校の避難所も含めて、埼玉県県内に現在住んでいる双葉町の<br />
方は３０００名近くになるそうです。</p>
<p>この旧騎西高校の避難所で、タオ療法のボランティア施術を開始してから<br />
早くも７ヶ月が経ちました。<br />
原則として土曜日から火曜日までの週４日間を毎週続けてきました。<br />
この間に、延べ2000名を超える方々にタオ療法を受けていただいたことになります。<br />
施術ボランティアは、タオ療法門下生のうちの約３０名が、毎回２、３名ずつ<br />
日替わりで担当しています。<br />
こちらも延べにすると、３００名を超える門下生が施術を行っていることに<br />
なります。このように振り返ると、このボランティア施術を一人でおこなう<br />
ことはとても不可能です。ともにタオ療法を学ぶたくさんの仲間がいるからこそ、<br />
ここまで途切れることなく継続することができたと言えるでしょう。</p>
<p>７ヶ月間のタオ療法ボランティア施術を通して、双葉町のみなさんと少しずつ<br />
心の触れ合いが深まっているという実感をいただいています。<br />
お弁当や飲みものを毎回のように差し入れしてくださったり、私たちの身体を<br />
気遣かってやさしい言葉を繰り返しかけてくださったり、むしろ私たちが<br />
励まされ元気をいただき、成長させていただいているようです。<br />
<img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/voluntary_work_in-kazo_4-400x300.jpg" alt="" title="110830_144115" width="400" height="300" class="aligncenter size-medium wp-image-8304" /><br />
あの大災害のあと、私たちに実践出来ることは何だろう？ どうしたら役に<br />
立たせていただけるのだろう？ せっかく指圧を学んでいるのだから、指圧の<br />
ボランティアも私たちに出来ることの一つではないだろうか、、と考え、<br />
何人かのメンバーがいろいろボランティアの受け入れ窓口を探していました。<br />
ところが、指圧のような医療系のボランティアは、個人ではなかなか受け入れて<br />
もらえないということがわかりました。<br />
ボランティアの受け入れ側としては、このような申し出は玉石混合で安心出来<br />
ないという気持ちもあるのだと思います。それはしごく当たり前のことです。</p>
<p>騎西高校の避難所は、加須市役所に設置された対策本部が窓口になってボラン<br />
ティアを募集していました。<br />
私たちは、ＮＰＯユニとして、タオ療法の施術ボランティアの申し入れをしま<br />
した。ＮＰＯユニは、和田寺が「お寺がやっているＮＰＯ」として、さまざまな<br />
援助活動をおこなっています（詳しくはＮＰＯユニのサイトをご覧下さい）。<br />
このＮＰＯ法人としての活動が評価され、地元の鍼灸師会や接骨師会と同じ形で、<br />
専用の施術ブースを使うことが出来るようになりました。</p>
<p>タオ療法も本来、「お寺がやっているタオ療法」です。<br />
私たちは、大乗仏教を学び、それを私たち自身の生き方として磨き、<br />
深めていくためにタオ療法を学んでいます。加須の避難所で、このような<br />
学びを実践させていただけることは、とてもありがたいことです。<br />
ボランティアで参加している門下生は、臨床治療を実践している者から、<br />
中伝クラス、初伝クラスに在籍している者まで、手技の学びのレベルはさまざま<br />
です。しかし、大乗仏教の精神を伝えたい、他者の痛みに寄り添いたい、という<br />
想いにおいて区別はありません。<br />
そして、この心は確かに双葉町のみなさんに受け取っていただいているという、<br />
ありがたい実感があります。<br />
いただいている仏さまの教えによって、タオ療法のブースがひとつのものとして<br />
支えられていると感じています。仏さまの願いと心を伝えたいという気持ちで、<br />
騎西高校でのタオ療法ボランティア施術を今後も続けていきたいと思います。</p>
<p><a href="http://news.taosangha.com/jp/npo_uni/kazo_voluntarywork2/attachment/100124_131252/" rel="attachment wp-att-8310" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/ryusan1-224x400.jpg" title="100124_131252" width="121" height="216" class="size-medium wp-image-8310 alignleft" /></a>文／後藤隆一</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://news.taosangha.com/jp/npo_uni/kazo_voluntarywork2/feed/</wfw:commentRss>
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	</item>
		<item>
		<title>住職に聞く！寄り道篇（最終回）悪と菩薩の心</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_8/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_8/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 05:26:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[住職に聞く！]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://news.taosangha.com/jp/?p=8252</guid>
		<description><![CDATA[法華経のメッセージは、
「他者の悪を自身の心の中に納められるほど、たましいの
器を大きくしなさい。そのたましいの大きさこそが、「菩薩の心の浄土である」、と。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_8/attachment/jizou/" rel="attachment wp-att-8253" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/jizou-600x280.jpg" alt="" title="jizou" width="600" height="280" class="alignleft size-large wp-image-8253" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: left;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
<a href="http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_5/attachment/ryoukyu-e2-2/" rel="attachment wp-att-7728" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/08/ryoukyu.e2-270x400.jpg" title="ryoukyu.e2" width="153" height="227" class="size-medium wp-image-7728 alignleft" /></a>遠藤喨及プロフィール</p>
<p style="text-align: left;">東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ<br />
指圧／気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、<br />
さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。<br />
1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界<br />
各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。<br />
また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各<br />
センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助<br />
NPOユニ事務局等、さまざまな精神文化の発信拠点となっている。<br />
著書に、「＜気と経絡＞癒しの指圧法」（講談社＋α新書）、「気の経絡<br />
指圧法安らぎのツボ実技篇」（講談社＋α新書）、「気心道」（だいわ文庫）、<br />
「タオ指圧入門」（講談社α文庫）等があり、いずれも数か国語に翻訳出版<br />
されているほか、五カ国語で出ているDVDブック「気心道とタオ指圧」（タオ<br />
出版）、DVD「＜気と経絡＞タオ指圧」（医道の日本社）等の映像がある。　一方、音楽家としては、ミディレコー<br />
ドよりライアル・ワトソン推薦版である「ウォーター・プラネット」を含む、五枚のソロアルバムをリリースし、内外の<br />
テレビやラジオでオンエアーされている。また、自ら率いるバンド、遠藤りょうきゅう&amp; LAMANI でもCDアルバム<br />
「アミリタ」を発表し、ライブ活動を行っている。<br />
遠藤喨及個人ブログページ　　<a href="http://endo-ryokyu.com" class="liexternal">http://endo-ryokyu.com</a></p>
<p style="text-align: left;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
寄り道篇（８）</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――前回は、おもに戦争の悪について話していただきました。</span><br />
<span style="color: #0000ff;">“戦争は、人類のカルマの縮図”という住職の言葉は、ほんとうに</span><br />
<span style="color: #0000ff;">その通りだと思いました。</span><br />
<span style="color: #0000ff;">私は子供の頃は、なぜ人間は戦争をするのか？</span><br />
<span style="color: #0000ff;">なぜ、そんな残酷なことを平気でするのか？　と、不思議に思っていました。</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ですが、今は、人類のカルマ縮図ということで、納得できます。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：そうですか、、、。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――それにしても、悪については、話が尽きることがないですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：「悪」とは、誰しもが自分の中に抱えていて、それでいて（というか、<br />
だからこそ）、他人のこととして（他人に投影して）話さなくては、<br />
心に納まり切れないものですからね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――この寄り道篇で、悪についてのお話しを伺っていて、私は、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">「悪というのものは、人間がいなかったら存在しないのではないか？」</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ふと、そう思いました。</span></p>
<p><strong>住職：</strong>なるほど。そう言われてみたら、たしかにその通りですね。<br />
食物連鎖の中で生きている動物の行為には、本能や生存という必然性<br />
だけがある。彼らの行為には、悪として断罪できることなど、何一つ<br />
ないですものね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――害虫とか、害獣なんていうのも、人間の都合に過ぎないですしね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：むしろ、動物や自然にとって、人間こそが害獣なわけでして。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――人間がいるから悪がある、というか、、。こういう考え方は、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">仏教ではどうなんですか？</span></p>
<p><strong>住職：</strong>仏教ではどうか？というより、もう少し視点を変えてみると面白い<br />
ですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――と、おっしゃると？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：まず動物に、善悪の認識はありません。人間だけが、他者の行為<br />
について、善とか悪とかを判断したり、また断罪したりするのです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>では、如来さまはどうでしょうか？ やはり、人間の行為を善悪として<br />
断罪するのでしょうか？</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：実は、如来さまが、人間の悪を断罪するか？ というと違うんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうなんですか？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：もちろん、「悪因苦果」ですから、他に対するいわゆる“悪の行為”<br />
は、宇宙の反応として、自らの人生や来世に苦しみをもたらします。<br />
一方、「善因楽果」で、他者に喜びをもたらせば、人生や来世における楽を<br />
もたらします。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：それは、人生が学びのためにあるからであり、存在そのものが、<br />
絶対の喜びである浄土の世界へ向かうための、旅のプロセスだからなんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――行きつ戻りつしつつも、お浄土に近づいているというわけなんですね。</span></p>
<p><strong>住職：</strong>それに、動物と人間とでは善悪の概念が違うように、人間と如来とでは、<br />
善悪の概念というか、認識が異なるのです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうなんですか？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：妙な例えですが、動物は、自分に危害を加えるか否かだけが、<br />
善悪の基準です。動物にとっては、どんな悪い奴でも、自分に良くして<br />
くれるのは良い人でしょう。ようするに、動物の善悪の概念（と言って<br />
良いのかは、わからないけど）は狭い。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：しかしこれが人間になると、たとえば、誰かに「泥棒して取った<br />
ものをあげる」と言われても、「そんな物いらない」という風になりますよね。<br />
人間には、善悪の概念に倫理が入りますから。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：さらに、有限の生を生きている人間と、無限性の存在である仏さま<br />
とでは、善悪の認識がまったく異なります。浄土という永遠の時空に<br />
在（ましま）す仏さまは、善悪という相対的な認識を超えているのです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうなんですか。</span></p>
<p><strong>住職:：</strong>如来さまの一切認識智という悟りを、人間に翻訳したのが、<br />
仏教の哲理です。それによれば、「すべては因縁であり、またカルマの<br />
為せる業（わざ）」です。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：また、仏教において“善”とは、浄土に向かう行為のことで、<br />
“悪”とは、人間以下の世界に向かう行為のことです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうでしたね。</span></p>
<p><strong>住職：</strong>永遠なる宇宙という観点から見れば、先ほど述べたように、<br />
すべては生まれ変わり死に変わりしながら、浄土に向かうプロセスです。<br />
そして永遠という時間性において、善悪という相対性は消えていくのです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：永遠の今から生まれる仏の一切認識智は、相対分別を超えて<br />
います。仏教の「善悪不二」は、相対を超えた視点から生まれた<br />
言葉なのです。</p>
<p><span style="color: #808000;"><strong>＜人の心は操ってはいけない＞</strong></span></p>
<p><span style="color: #0000ff;">――善悪をテーマにした、この寄り道篇を振り返ってみると、いくつもの</span><br />
<span style="color: #0000ff;">印象に残った言葉があります。「人の仏性を否定するほどの悪はない」</span><br />
<span style="color: #0000ff;">というのも、そのーつでした。</span><br />
<span style="color: #0000ff;">そういう意味では、悪といえば、人を間違った道に進ませるカルトや、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ビジネス目的のエセ宗教ほどの悪はないのかも知れませんね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：でも、宗教は恋愛と同じようなものですからね。まあ、悪い男に<br />
ひっかかるようなものとも言えます。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：だからと言って、「彼ってサイコー！　アイしてるぅ、、」とか思って<br />
いるものを、ハタがとやかく言うわけにもいかないでしょう。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――でも、「もっと若い内にタオサンガに出逢いたかったです。</span><br />
<span style="color: #0000ff;">若い内にサンガに出逢えた人は幸せだと思います」という言葉を、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">私は、複数の人から聞きました。カルトに騙されている若い人を見ると</span><br />
<span style="color: #0000ff;">可哀想な気もします。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：まあ、たしかにねぇ、、、。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――悩んでいる時に、うまーく権威的、断定的に言われたりすると、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">案外コロッといってしまうのでしょうね。人は弱いですから。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：僕のような、ひねくれ者と違って、たとえばオウムにいたような<br />
高学歴の人たちって、親や先生の言うことを疑わずに受験勉強して来た<br />
わけでしょう。あるいは、疑問を持っても押し殺したとか。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――教祖に対して疑問を持っても、押し殺してしまったのでしょうか。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：それに類する話で、大戦後にアメリカが行った有名な心理実験<br />
があるんです。<br />
それは、プリンストン大学の優秀な学生が対象としたものでした。<br />
はしょって一言で説明すると、「教授のような、いわゆる権威者に、<br />
人を殺すほどの電気を”囚人に流せ”と指示された場合、学生はどう<br />
反応するか？」という実験です。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――どうだったんですか？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：たしか、７割だとか、かなりの高率で指示に従ったそうですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――それは、驚きですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：初めて会った教授の指示ですら、学生は従ったそうです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――だったら、オウム信者らが神にも等しいほど崇めていたグルならば、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">その指示に従ってしまったのは、何ら驚くには当たらないですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：この実験は、「なぜあんな理性的なドイツ人が、ユダヤ人虐殺と<br />
いう非道なことをしたのか？」を分析するために行った実験なんです。<br />
でも、アメリカで実験結果が出たので、ドイツまで行かなかったそうです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――たしかに、人には権威への服従願望みたいなのがありますしね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：僕みたいなタイプは、人に服従することも、また服従されることも<br />
イヤなんですけどね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――へぇー。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：だって、仮に誰かが自分に服従することを望んだとしても、<br />
それに乗じて人の心をコントロールすることって、人としてのルール違反に<br />
なるじゃないですか。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：それは、人間としての倫理の問題だと思うんですよね。まあ、<br />
そんな倫理なんて持ち出さなくたって、もし本当の友だちだったら、<br />
相手の心をあやつるなんていう失礼なことは、絶対にやらないじゃ<br />
ないですか？?</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：それは、「友情」の問題で、人としての基本だと思うんですよね。<br />
また仏教には、不妄語戒（ウソをつかない）というものがありますが、<br />
相手にウソをつくということも、広義の意味では相手をあやつることの<br />
中に入ると思うんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――でも中には、人と人との信頼関係や友情よりも、一時の利害の方を</span><br />
<span style="color: #0000ff;">大切にする人が存在しますね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：そうなんですよ、、、。でも、そんなことしたら、友だちなくす<br />
よね。信頼はお金では買えないのに。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――たしかに、一度失った信頼を取り戻すのには、大変な努力が要りますね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：人間にとっては、信頼こそが財産です。<br />
自分の言葉に責任持つようにしないと、信頼という、人として最も大切な<br />
財産を失うことになるんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――しかし、その一方で、相手のウソを信じてしまったり、騙されたり</span><br />
<span style="color: #0000ff;">する人がいますよね。彼らは、お人良しで、自分がウソをついたり人を</span><br />
<span style="color: #0000ff;">騙したり、また人の心をコントロールする気持がないものだから、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">その点を見抜けなかったりするのでしょうね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：オウムの信者たちなんて、案外そんな人が多かったと思いますね。<br />
元信者の青山元弁護士だって、人権派の弁護士として、とても良心的に<br />
活動していたらしいし。元心臓外科医の林郁夫さん（無期囚）の手記<br />
（『オウムと私』）なんか、涙なしには読めませんでしたよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――霊感商法やカルトのグルやエセ宗教の教祖なんかは、人の心を操る</span><br />
<span style="color: #0000ff;">という関係性しか作れないタイプの人間かも知れないですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：でも、「そんなことをして、来世どうなるか？」なんて考えたら、<br />
僕なんかには、恐ろしくてとてもできませんよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：臨済録（禅の著）に書いてあるんですが、「坊さんになって、<br />
徳もないのにお布施を受けたりしたら、死んだ後で閻魔さまに、借金<br />
返せと言われるぞ」と。<br />
果たして自分は坊さんになって大丈夫だろうか？ 死んでから閻魔様に<br />
“借金返せ”言われずに済むだろうか？　、と 坊さんになる前に、<br />
ずいぶん考えましたよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――へぇー、そうですか。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：天に預けている貯金通帳をこそ、マイナスでなくプラスにして<br />
おかないと、、、。人生は本当に短いですから。</p>
<p><span style="color: #808000;"><strong>＜アングリマーラ＞</strong></span></p>
<p><span style="color: #0000ff;">――ところで、確信犯的に行う犯罪者と、犯罪という行為をさせられて</span><br />
<span style="color: #0000ff;">しまった人間とでは、どのような違いがあるのでしょうか。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：法律が両者を同じように扱うのはやむを得ないとしても、<br />
カルマという点では、線引きがあるように思いますね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――オウムで例えれば、浅原は確信犯であったでしょうが、命令されて</span><br />
<span style="color: #0000ff;">行った信者は、何らかの悪を背負ったという見方もできるかも知れないと</span><br />
<span style="color: #0000ff;">いうことですね。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>お釈迦さまの教団には、アングリマーラという人がいました。<br />
以前、彼は、あるグルに師事していたんです。で、ある日、グルの<br />
若い奥さんが、イケメンの彼を誘惑しました。しかし純粋な彼は、<br />
“師匠の奥様となんか、、、”と、拒んだわけです。でも奥さんは、<br />
それに怒った。で、奥さんはどうしたと思います？</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：「アングリマーラに犯された」とか何とかを、自分の夫である<br />
グルに言ったんですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――それでどうなったんですか？</span></p>
<p><strong>住職:</strong>怒り狂ったグルは、彼に「１０００人（１００人だったかな？）の<br />
人間を殺して指を切れ。それをつなげてネックレスにすれば悟れるぞ」<br />
と言うんですね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――「サリン蒔け！」みたいな話ですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：まじめな彼は、辻斬りを実行し始めます。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はあー、、、。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>どんどん殺して、どんどん指を切っては取る。そして、最後の<br />
一人になったとき、向こうからお母さんがやって来るんです。お母さんは、<br />
「辻斬り事件の犯人がお前だと言うことはわかっていた。どうか、<br />
殺すのは私を最後にして、もうこんなことはやめておくれ」というんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――ひぇー。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>躊躇した彼が、「それでも悟りのために」と意を決したとき、<br />
お釈迦さまが現れます。神通力ですべてを見抜いていたお釈迦さまは、<br />
彼に、自分がグルにだまされていたことを悟らせます。<br />
そして、サンガに連れて帰るのです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はぁー、、、。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>お釈迦さまは、彼を教団にかくまうんですよ。<br />
当然、人々はサンガに対して轟々の非難を浴びせます。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――殺人犯をかくまっているんですものね。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>お釈迦さまは、彼をかくまう一方で、毎日托鉢に行かせるんです。<br />
そして何をされても、決して抵抗してはいけない、とアングリマーラに<br />
言います。彼は、托鉢に出るたびに、人々に石を投げられたりして、<br />
毎日血だらけになって帰って来たそうです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はぁ、、、。</span></p>
<p>住<strong>職:</strong>しかし、やがて彼の修行も進み、ついには悟りを開きます。<br />
いつしか人々の非難も納まっていたそうです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――考えさせられる話ですね。まるでオウムの昔話版みたいですね。</span></p>
<p><strong>住職:</strong> だから僕は、本来ならば、お釈迦さまに習って、仏教教団が<br />
元オウム信者に居場所を与えるべきだと思っているんです。司法の<br />
発達した今、殺人に関わった人をかくまうのは無理だとしても、<br />
一般元信者が、伝統的な仏教の修行ができる、何らかの居場所を提供<br />
されても良いと思うんですよね。</p>
<p><span style="color: #808000;"><strong>＜再び、ダイバダッタ＞</strong></span></p>
<p><span style="color: #0000ff;">――お釈迦さまの時代の話が出ましたので、最後に、仏教における</span><br />
<span style="color: #0000ff;">悪人の象徴である、ダイバダッタの話をもう一度お聞きしたいのですが。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：ダイバダッタ事件は、教団に大きなダメージをもたらしたと思います。<br />
でも僕は、ダイバダッタ事件が起こる、何らかの必然性があったのでは<br />
ないか、とも思うんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――と、おっしゃると？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：これは推測の域を出ないのですが、お釈迦さまは、ご自身の法を<br />
伝えることには、大変な熱意をもって当たられていたと思います。<br />
しかし、サンガを教団として組織化することには、あまり熱心では<br />
なかった、というよりも、法の師と教団経営者とでは、キャラがまったく<br />
異なると思うんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：ある意味、組織化された教団とはなっていなかったからこそ、<br />
ダイバダッタが、弟子を５００人も引き連れて独立するような事件が<br />
起きた、とも考えられるのです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：釈尊の教えが体系化されるのは遷化後ですが、僕は、教団が<br />
組織化されたのは、ダイバダッタ事件をきっかけとして、高弟や有力者<br />
たちが集まって協議した結果ではないか、と思っているんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――うーん、あり得る話ですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：またダイバダッタは、キリスト教におけるユダのような存在<br />
とも言えます。<br />
キリスト教成立においては、イエスという光を輝かせるためのユダという<br />
闇の存在が必要でした。「全ての人に裏切られ捨てられて殺され、<br />
後に神によって復活する」というキリスト物語の成就には、ユダという<br />
悪の存在は欠かせないものです。一方のダイバダッタは、後世の弟子たちが<br />
己れの悪を投影する対象として、必要な存在なのかも知れません。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――なるほど。　</span></p>
<p><strong>住職</strong>：話を戻すと、釈尊の教団が組織化されるためには、教団の危機が<br />
必要だったということです。そして、その危機的状況が、ダイバダッタの<br />
離反事件だったのではないかと思うんです。<br />
彼は優秀で人望もありました。だからこそ５００人もの弟子がついて<br />
行ったのでしょう。もっともその人望は、人の心を操るのが上手かった<br />
だけのことだ、とは思いますが。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――それにしても、５００人の弟子たちが、お釈迦さまを裏切るなんて、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">何とまあもったいないことをしたんだろう、と思いますが。　　　　　　　　</span></p>
<p><strong>住職</strong>：人間は、エゴを抑制できないと、来世や未来のことなど考えなく<br />
なります。そして、自分の目先の都合を優先するようになるんです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――人はそのようにして道からそれるものなのでしょうね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：かくして事件は起こり、ダイバダッタは地獄に堕ちてしまった。<br />
これがダイバダッタ物語です。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：ここで見方を変えてみましょう。すると、「ダイバダッタ事件に<br />
よって教団がしっかりと組織化されたからこそ、仏法は後世にまで残った、」<br />
ということもできるのではないでしょうか。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――今現に私たちが仏法を学べているのは、その事件があったからこそ、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">とも言えるわけですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：はい。一体なぜ、法華経におけるお釈迦さまは、「ダイバダッタが<br />
自分の前世の師匠で、未来世には仏になる」と宣言されたのでしょうか。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――不思議ですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：もしかしたらそれは、「ダイバダッタは、人々（後世の弟子たちも含む）<br />
の悪を背負って事件を起し、さらにそのカルマをも背負って地獄に堕ちた。<br />
ダイバダッタ事件は、教団組織化のために、宇宙に選ばれたダイバダッタの、<br />
菩薩としての行為なのだ」ということなのかも知れません。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――宇宙に選ばれて、あるいは自ら選びとって、地獄に堕ちる破壊的行為を</span><br />
<span style="color: #0000ff;">行ったのがダイバダッタ、ということなんですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：はい。法華経のお釈迦さまは、「ダイバダッタが私の過去世の<br />
師匠であり、未来には仏になる。これが理解できない者は悟れない」と<br />
説かれています。それは、そういう意味に違いない、と僕は思うんですよ。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――ダイバダッタは、その行為によって地獄に堕ちた。けれども、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">それは教団組織化のためには、必要な事件であった。起こるべくして</span><br />
<span style="color: #0000ff;">起きた事件だった、ということなんですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：法華経で説いているのは、「表面に見える善悪にとらわれるな。<br />
宇宙の実相は一切の善悪を超えている。それがわかってこそ、悟りが開<br />
かれる」ということです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――はい。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：おそらく法華経で説かれているのは、こういうことなのでしょう。<br />
「ダイバダッタは、自ら悪を引き受けて実行し、そのカルマを全部自分が<br />
背負って、甘んじて地獄に堕ちた菩薩さまだった。だから、地獄には<br />
堕ちたけれど、後世では仏になった」</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――ダイバダッタに殴られて、亡くなった尼僧さんのことを考える</span><br />
<span style="color: #0000ff;">と悔しいですが。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：もちろん、人間の情としては、いろいろと頭に来ますよ。<br />
カルトのグルに対してだって、“宗教を語って人を騙しやがって”<br />
とか思って腹立ちますもんね。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――りょうきゅうさんもですか？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：いやー、なんせ修行足りないスからね。これは謙虚で言っているのでも<br />
なんでもなく、ですが。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――そうなんですか、ふぅーん。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：そういえば、たしか目連だったかな？　外道に殺されて亡くなった<br />
んですが、「自分の過去世の業が消えるためだから、これでいいんだ」と<br />
言われたそうです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――その尼僧さんが殺されたのも、自らの業が消えるためだったので</span><br />
<span style="color: #0000ff;">しょうか？</span></p>
<p><strong>住職</strong>：あるいは彼女もまた、ダイバダッタの悪の成就を手伝うために、<br />
そのカルマを引き受けた菩薩様だったのかも知れません。また、その<br />
両方（業の解消と菩薩的行為）なのかも知れません。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――誰にもわからないんですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：はい。誰にもわかりません。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――ダイバダッタという悪人もまた、宇宙の霊的向上のための御使いだった</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ということなんですね。</span></p>
<p><strong>住職:</strong>人間の内なる悪は、外に悪人を必要とするのです。だから、<br />
ダイバダッタに限らず、いわゆる「悪人」と定義されるような人は、<br />
もしかしたら、人類のカルマを背負って餓鬼や畜生、または地獄堕ちた、<br />
または堕ちる人なのかも知れません。何度も言いますが、人間の心は、<br />
悪を投影する対象を必要としますから。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――この寄り道篇の最初に言われた、「悪人は悪人として顕われた如来</span><br />
<span style="color: #0000ff;">であり、善人は善人として顕われた如来である」というのは、そのような</span><br />
<span style="color: #0000ff;">意味だったんですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：一方、宇宙の実相は善悪を超えています。同時にこの世は、<br />
善悪によって成り立っています。なぜなら、どのような出来事にも<br />
善い面と悪い面がある。<br />
しかし、何生にも亘る、とてつもなく永いスパンで考えれば、一見<br />
悪いことも、いつしか良いことに転化している。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――にも関わらず私たちは、あれは善い、あれは悪いと言って、片一方</span><br />
<span style="color: #0000ff;">だけを見て、目先のことだけを考えては悩むのですね。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：一切を向上せしめる如来さまのはからいは、善悪を超えており<br />
本当に不可思議（考えてもわからない）なものです。</p>
<p><span style="color: #0000ff;">――宇宙の真実は、善悪の彼岸にあるのですね。</span><br />
<span style="color: #0000ff;">考えてもわからない、でも考えずにはいられない、、笑。</span></p>
<p><strong>住職</strong>：そして、「他者の悪を自身の心の中に納められるほど、たましいの<br />
器を大きくしなさい。それによって、自らに内在する悪を仏性へと転換<br />
しなさい」。<br />
これが、法華経ダイバダッタ品（章）のメッセージなのだと思います。<br />
そして、そのたましいの大きさこそが、「菩薩の心の浄土である」、と。</p>
<p>寄り道篇　終わり</p>
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		<item>
		<title>遠藤喨及　著　『タオ指圧、東洋医学の革命』</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/wadaji-culture/book_taoshiatsu/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/wadaji-culture/book_taoshiatsu/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 05:25:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[Culture]]></category>

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		<description><![CDATA[タオ指圧は技術的なことや知識ではなく、施療する側の心のあり方が大事だと、改めて強く思いました]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://news.taosangha.com/jp/wadaji-culture/book_taoshiatsu/attachment/book-4/" rel="attachment wp-att-8273" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/12/book-450x600.jpg" title="book" width="315" height="420" class="size-large wp-image-8273 alignleft" /></a></p>
<p>私は、タオ指圧を修得したい一心で、遠方(新潟)より東京クラスに通っております。</p>
<p>クラスを終え地元に戻っても、共に練習する相手はいません。<br />
また物覚えの悪い私は、超脈や経絡の走行、基本手技の手順等についてうまく<br />
メモを取れなかったりと、とても苦労しておりましたので、本当に待ちに待った<br />
待望の書でした。</p>
<p>購入してすぐに一読しました。<br />
本書はその超脈や経絡の走行、基本手技の手順はもちろん、腹証や経絡治療<br />
パターンまで、図や写真そして中には付録のDVDで映像によってとても詳しく<br />
解説されています。それを、目で見れることの有難さを痛感したのですが、<br />
そのこと以上に、タオ指圧は技術的なことや知識ではなく、施療する側の心の<br />
あり方が大事だと、改めて強く思いました。<br />
もちろん、これは指圧クラスでも実感していることではあるのですが、、。</p>
<p>「第4章　証診断と経絡臨床」には、いかに施療する側の心が大事か、ということ<br />
が記されています。内容の奥が深く、一読しただけでは、完全には私の「からだ」<br />
は反応しませんでした。つまり、理解した気が全くしませんでした。<br />
「おわりに」のところで、喨及師は「気と経絡の世界は知的に理解することは<br />
できません。純粋経験によってしか把握できないものです。」<br />
と書かれています。<br />
ここに記されていることが、自分の心とからだがカチッと一致するみたいに実感<br />
できるようになりたいと、とても強く思いました。<br />
たとえ、どんなに修練が必要だとしても。</p>
<p>文／山本　良</p>
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		<item>
		<title>住職に聞く！寄り道篇（７）歴史に潜む人類の無意識</title>
		<link>http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_7/</link>
		<comments>http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_7/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 05 Nov 2011 06:37:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>creator</dc:creator>
				<category><![CDATA[住職に聞く！]]></category>

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		<description><![CDATA[戦争という悪を掘り下げることは、歴史に潜む人類の無意識そのものを掘り下げることにもつながるんです]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_8160" class="wp-caption aligncenter" style="width: 329px"><a href="http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_7/attachment/wadaji/" rel="attachment wp-att-8160" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/11/wadaji.jpg" title="wadaji" width="319" height="457" class="size-full wp-image-8160  " /></a><p class="wp-caption-text">島根県　浄土宗和田寺の如来像</p></div>
<p style="text-align: left;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
<a href="http://news.taosangha.com/jp/jyushoku_ni_kiku/yorimichi_5/attachment/ryoukyu-e2-2/" rel="attachment wp-att-7728" class="liimagelink"><img src="http://news.taosangha.com/jp/wp-content/uploads/2011/08/ryoukyu.e2-270x400.jpg" title="ryoukyu.e2" width="153" height="227" class="size-medium wp-image-7728 alignleft" /></a>遠藤喨及プロフィール</p>
<p style="text-align: left;">東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ<br />
指圧／気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、<br />
さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。<br />
1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界<br />
各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。<br />
また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各<br />
センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助<br />
NPOユニ事務局等、さまざまな精神文化の発信拠点となっている。<br />
著書に、「＜気と経絡＞癒しの指圧法」（講談社＋α新書）、「気の経絡<br />
指圧法安らぎのツボ実技篇」（講談社＋α新書）、「気心道」（だいわ文庫）、<br />
「タオ指圧入門」（講談社α文庫）等があり、いずれも数か国語に翻訳出版<br />
されているほか、五カ国語で出ているDVDブック「気心道とタオ指圧」（タオ<br />
出版）、DVD「＜気と経絡＞タオ指圧」（医道の日本社）等の映像がある。　一方、音楽家としては、ミディレコー<br />
ドよりライアル・ワトソン推薦版である「ウォーター・プラネット」を含む、五枚のソロアルバムをリリースし、内外の<br />
テレビやラジオでオンエアーされている。また、自ら率いるバンド、遠藤りょうきゅう&amp; LAMANI でもCDアルバム<br />
「アミリタ」を発表し、ライブ活動を行っている。<br />
遠藤喨及個人ブログページ　　<a href="http://endo-ryokyu.com" class="liexternal">http://endo-ryokyu.com</a></p>
<p style="text-align: left;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
寄り道篇（７）</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――この寄り道篇では、善悪というものがテーマになりました。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：善悪は、人間にとって根源的なテーマのーつですしね。ドフトエフ<br />
スキーにも善悪をテーマにした小説がありますね(『罪と罰』）。「使い<br />
道のない金を溜め込んだ強欲なばあさんを殺し、若い自分がその金を有効に<br />
使うことは、果たして悪なのか？」というような話ですが、、、。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――この寄り道篇を通して感じたのは、悪を定義することは私にはできない</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ということです。同時に、自分の中にもあらゆる形で悪の存在を感じるという</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ことです。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：キリスト教作家の遠藤周作氏が、“自分の中に悪はないと言い切れる<br />
人がいたとしたら、それは、よほど浅い人生観を生きている人だ”、と。<br />
たしか、悪をテーマにした小説に関することで、そんなことを述べていた<br />
記憶があります。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――でも、オウム事件や戦争犯罪などを考えると、悪とは何かがわからなく</span><br />
<span style="color: #0000ff;">なることがあります。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：オウムの犯罪と戦争犯罪、政治犯罪には共通性がありますしね。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――それは、どんなところですか？</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：戦争犯罪は、人間の獣性が暴走して起きることもあれば、上官の<br />
命令によって、何の罪もない市民を殺さなければならなくなって、起きる<br />
こともあります。たとえば、戦争中、占領地では、どこの国も例外なく<br />
“スパイがまぎれこんでいる”などの理由で、一般市民を虐殺することが<br />
あります。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：また、広島にLittle Boy(原爆)を投下し、一般市民を虐殺したB29の<br />
搭乗員も、オウムの場合と同じように、上からの命令によって行っている<br />
のです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――その辺りが共通しているんですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：話がちょっと脱線してしまいますが、原爆を落とした理由として、<br />
戦後アメリカが主張しているのは、「戦争を早く終結させるため」でしたね。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――はい。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：しかし原爆投下は、ターゲットを軍人や軍事施設に絞っておらず、<br />
一般市民が被害に遭うことが明白です。<br />
だからこれは、ジュネーブ協定に違反する明確な戦争犯罪なんです。<br />
したがって、アメリカの主張は単なる言い訳で、これは、戦勝国の都合の<br />
良い創作物語に過ぎません。<br />
極東軍事裁判でも、原爆投下が戦争犯罪であると説いた、アメリカの弁護士が<br />
いたぐらいです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そうだったんですかぁ。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：僕は何も右翼というわけではないので、当然、日本のことも言い<br />
ます。例えば「日本が朝鮮半島を占領したのは、ロシアの南下を防ぐ<br />
ため」などという人がいます。しかしそれは、「隣の家に、誰かが強盗に<br />
入ろうとしていたから、その前に、自分が強盗に入っただけだ」と言っている<br />
ようなものです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――ロシアも日本も、当時の列強諸国は、人の土地を奪う強盗のよう</span><br />
<span style="color: #0000ff;">なことをしていたというわけなんですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：はい。それから、戦後の自虐史観では、先の戦争は日本の侵略戦争<br />
だったということになっています。しかし実際には、アメリカやイギリス、<br />
フランス、オランダ等が強盗して、他人の富を貪っていたら、<br />
別の強盗が現れて彼らを追い出したのが、日本だったということなんです。<br />
だから本当は、植民地を持っていた欧米諸国に、日本を批判する資格は<br />
ありません。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――それもそうですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：ただ、誤解のないように述べておきますけど、僕は別に憎しみを<br />
煽っているわけではないんです。僕は、人が人の自由を奪ったり、<br />
まことしやかなウソをついたり、 人を傷つけたりなどに腹が立つだけで。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――わかります。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：そもそもアジア諸国は、太平洋戦争によって、はじめて被害に遭った<br />
わけではありません。そのずっと以前から、欧米の列強に植民地にされて<br />
土地を奪われ、反抗する人々は殺されたり自由を奪われたりなどの被害を<br />
受けていたのです。その内容たるや、実際には酷いものです。<br />
西洋史の恥部ですから、あまり一般に知られていませんが。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――、、、、。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：そういえば二年前、中国で、チベット人が失った自由について<br />
述べたら、その若い中国人は、「チベットがないと、中国が侵略されるんだ！<br />
中国が守れないんんだ！」と、ムキになって反論していました。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そうですか、、、。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：僕は、「だからと言って、人様の国を乗っ取って、人々の自由を奪っ<br />
たり、文化を破壊したり、拷問したりする権利があるわけないだろう」と<br />
思いましたけど。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――ほんとうに、そうですよね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：中東でも同じことが起きています。パレスチナが、占領国イスラエルに<br />
一方的に自由を奪われることによって、抗議行動やテロが起こる。すると、<br />
「テロを防ぐために自由を奪わなければならないんだ」とイスラエル側は<br />
報復爆撃したらい、さらに自由を奪っていきます。<br />
「自分たちがテロが起きる原因を造っておいて、何言ってるんだろう？」<br />
と思いますが。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――はい、はい。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：侵略国に生まれると、戦争等によって、ある種の強盗や殺人に加担<br />
させられることがあります。<br />
その人間としての犯罪行為を、嫌々やるにしても、あるいはプロパガンダ<br />
によって、それが正しいと信じてやるにしても、共通しているのは、上からの<br />
命令によって行っているということです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そういう意味でも、オウム事件や戦争犯罪のように、上からの命令に</span><br />
<span style="color: #0000ff;">よって犯した人の罪とは、悪とは、業とは何だろうか？　と考えさせられ</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ますね。 </span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：これは本当に、大きなテーマです。日本もナチスも、上官の<br />
命令にしたがった兵士たちが、大勢、戦犯として裁かれましたが、、、。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――ところで、オウム事件と、革命や政治クーデターのような政治犯罪との</span><br />
<span style="color: #0000ff;">共通性はどこにあるんでしょうか？</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：国家間の戦争の場合は、取りあえず、敵国の人間は、みな悪い奴<br />
ということにします。そうして理性をマヒさせて、自分を納得させるわけです。<br />
まあ基本的には、国家がそうして群衆心理を煽るのですが。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――はい。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：でもね。少し理性的に考えたら、人間なんてどの国に住んで<br />
いようが変わりがあるはずないんですよ。皆、同じように家族がいて、<br />
友だちがいて、、、、誰かを好きになったり、人間関係や、小さなことで<br />
クヨクヨ悩んだりして、日々暮しているだけで。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――それもそうですよね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：だけど、そんなこと考えたら、戦争なんかできません。だから、<br />
取りあえず、みな悪い奴ということにしておくわけです。タリバンの<br />
奴らは悪いとか。パレスチナ人はみなテロリストだ、とか。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――はい。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：で、革命やクーデターになると、これとは少しニュアンスが変わります。<br />
その暴力行為が、世の中全体のためになると信じて、人を殺すわけです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――オウムの信者もそうだったんですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：はい。これは救済行為だからと言われて、サリンを撒かされたわけ<br />
です。もっとも、こんなことは古くからあったことですよ。<br />
キリスト教徒による宗教戦争や、イスラム教徒への虐殺。<br />
また近代では、共産革命やイスラム原理主義者によるテロも同じです。<br />
皆それが正しいことだと信じて行ったのです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――オウム事件とクーデターに共通しているのは、彼らは、それが世の中の</span><br />
<span style="color: #0000ff;">ためになる、信じて行うことなんですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：日本でも戦前に、二二六事件という軍事クーデターが起きました。<br />
その志には、心情的に大いに共感できるところがあります。もっとも、<br />
失敗して多くの人が処刑されました。有名な「北一輝」という日蓮宗系の<br />
革命家も、その中の一人です。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――彼のことは、手塚治虫もマンガに書いていましたね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：チェ・ゲバラもそうですが、北一輝は、革命家に憧れる青少年の<br />
心を刺激するものがあるんですよ。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
※北一輝／戦前の思想家、革命家。国家社会主義運動指導者。<br />
二・ニ六事件後、軍法裁判により刑死。<br />
主著『日本改造法案大網』<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――チェ・ゲバラと北一輝に共通しているのは、無私の心ということなんで</span><br />
<span style="color: #0000ff;">しょうね。法華経を懐に抱いて、刑場に消えたというところなんかも、</span><br />
<span style="color: #0000ff;">何だか映画みたいな最後ですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：クーデターが失敗した場合、二二六事件のように、実行者は<br />
犯罪者となり処刑されます。しかし成功した場合、旧政治体制の中核<br />
にいた人間は、逆に犯罪者として処刑されたり、また追放されたりします。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――仮に成功すれば、国の指導者になるんですものね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：ジョージワシントンだって、毛沢東だって、スターリンだって、皆、<br />
そのようにして国の指導者になったわけです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――それも、そうですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：戦争では、負けた方が「戦争を起した悪い奴」という汚名を着せられ、<br />
指導者は処刑されます。だから戦争の結果、悪人とされた人は、ようするに<br />
負けた側にいた人ということです。だから歴史というのは、戦争に勝った側が<br />
自分を正当化するために書いた、創作フィクションなんです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――なるほど。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：西部劇では、インディアンは悪者になっているでしょう。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――はい。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：でも、実際は逆です。悪い奴らは、平和に暮していたインデアンの<br />
土地を侵略した、ヨーロッパからの移民なんですよ。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――それもそうですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：おそらく日本人も、朝鮮半島からやって来て、アイヌ人の土地を奪っ<br />
たという過去を背負っているとは思います。あるいは、弥生人が縄文人を<br />
駆逐したということなんでしょうけど。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そうだったんですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：まあ結局、人類全体の悪やカルマが、国レベルで現れたのが戦争<br />
という言い方ができるのかも知れません。そして時代のカルマや悪が、<br />
個人レベルで現れたのが、犯罪史に残るような大事件なのでしょう。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――はい。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：人類の歴史は、戦争の歴史でもあるんです。なにしろ文明は、<br />
戦争によって発達してきた面が否めないんですから。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そうなんですか。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：医学を含めて、基本的にテクノロジーの発達の多くがそうです。<br />
最近の例で言うと、今、人類史上、第三の革命が進行中ですが、<br />
その情報革命をもたらしているコンピューターにしても、もともとは<br />
軍事の民間への転用ですからね。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――なるほど、そうでしたね。でも、人類の歴史が戦争の歴史だった</span><br />
<span style="color: #0000ff;">なんて、ちょっと考えたら、恐ろしいことですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：だからこそ、戦争という悪を掘り下げることは、歴史に潜む人類の<br />
無意識そのものを掘り下げることにもつながるんです。また、この悪と<br />
向き合って、人類が、どう精神を飛翔させるのかというテーマともなり得る<br />
んです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そうなんですか？</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：具体的な例で言えば、仏教を大きく伝道したインドのアショカ王は、<br />
もともと戦争で殺戮ばかりやっていたんです。でもある日、その殺戮の<br />
カルマに気づき、平和主義者となりました。そして、仏教伝道者の国王と<br />
なり、インド中に仏舎利塔を建てたり、海外にまで伝道師を派遣したり<br />
していました。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――へぇー。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：また、キリスト教の聖フランチェスカは、戦争に従軍して傷を負い、<br />
その結果、突如神に目覚め、全財産を投げ打って、貧しい人々と共に<br />
住む伝道者となりました。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――そうですか。それはすごい話ですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：それから、以前述べたように、大乗仏教が生まれたのは、アレキサンダー<br />
大王の軍隊によるインド遠征によって起きた、ギリシア文化とインド文化の<br />
融合がきっかけだったのです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<span style="color: #0000ff;">――何がきっかけで新しい文化が生まれるか、、、。わからないものですね。</span><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
住職：戦争は、人類に進歩をもたらすきっかけを造ってきました。<br />
そして戦争は、人類のカルマの縮図でもあります。まただから、この世に<br />
地獄を生み出すのです。そしてこれまで人間は、その地獄をきっかけとして、<br />
あるいは地獄見ることによって、技術を進歩させたり、また精神を飛翔<br />
させたりもして来たのです。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
―続く―<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
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