私たちにできること

3月11日、未曾有の大災害が東北地方を襲い、その翌日には福島第一原発が
水蒸気爆発を起こしました。
目の前に福島第一原発がある双葉町のみなさんは、文字通り着の身着のままで
避難されたそうです。用意されたバスに乗り、どこに行くのかもわからないまま
移動し続け、着いたところが故郷を遠く離れた埼玉県だったと。
当初の避難所であった、さいたまスーパーアリーナが、4月1日から使用出来なく
なり現在の加須市の旧騎西高校に移動して、この校舎で避難生活を送っています。

震災直後は、ここに約1400名の方々が避難されていたそうです。
その後、仮設住宅や近くのアパートなどに移り住む方々も増えていますが、
現在でも約400名の方々がここで避難所生活を送っています。
この騎西高校には、双葉町の行政組織も避難されており、校舎の二階に
双葉町役場が設置されています。
そのためか、騎西高校の避難所も含めて、埼玉県県内に現在住んでいる双葉町の
方は3000名近くになるそうです。

この旧騎西高校の避難所で、タオ療法のボランティア施術を開始してから
早くも7ヶ月が経ちました。
原則として土曜日から火曜日までの週4日間を毎週続けてきました。
この間に、延べ2000名を超える方々にタオ療法を受けていただいたことになります。
施術ボランティアは、タオ療法門下生のうちの約30名が、毎回2、3名ずつ
日替わりで担当しています。
こちらも延べにすると、300名を超える門下生が施術を行っていることに
なります。このように振り返ると、このボランティア施術を一人でおこなう
ことはとても不可能です。ともにタオ療法を学ぶたくさんの仲間がいるからこそ、
ここまで途切れることなく継続することができたと言えるでしょう。

7ヶ月間のタオ療法ボランティア施術を通して、双葉町のみなさんと少しずつ
心の触れ合いが深まっているという実感をいただいています。
お弁当や飲みものを毎回のように差し入れしてくださったり、私たちの身体を
気遣かってやさしい言葉を繰り返しかけてくださったり、むしろ私たちが
励まされ元気をいただき、成長させていただいているようです。

あの大災害のあと、私たちに実践出来ることは何だろう? どうしたら役に
立たせていただけるのだろう? せっかく指圧を学んでいるのだから、指圧の
ボランティアも私たちに出来ることの一つではないだろうか、、と考え、
何人かのメンバーがいろいろボランティアの受け入れ窓口を探していました。
ところが、指圧のような医療系のボランティアは、個人ではなかなか受け入れて
もらえないということがわかりました。
ボランティアの受け入れ側としては、このような申し出は玉石混合で安心出来
ないという気持ちもあるのだと思います。それはしごく当たり前のことです。

騎西高校の避難所は、加須市役所に設置された対策本部が窓口になってボラン
ティアを募集していました。
私たちは、NPOユニとして、タオ療法の施術ボランティアの申し入れをしま
した。NPOユニは、和田寺が「お寺がやっているNPO」として、さまざまな
援助活動をおこなっています(詳しくはNPOユニのサイトをご覧下さい)。
このNPO法人としての活動が評価され、地元の鍼灸師会や接骨師会と同じ形で、
専用の施術ブースを使うことが出来るようになりました。

タオ療法も本来、「お寺がやっているタオ療法」です。
私たちは、大乗仏教を学び、それを私たち自身の生き方として磨き、
深めていくためにタオ療法を学んでいます。加須の避難所で、このような
学びを実践させていただけることは、とてもありがたいことです。
ボランティアで参加している門下生は、臨床治療を実践している者から、
中伝クラス、初伝クラスに在籍している者まで、手技の学びのレベルはさまざま
です。しかし、大乗仏教の精神を伝えたい、他者の痛みに寄り添いたい、という
想いにおいて区別はありません。
そして、この心は確かに双葉町のみなさんに受け取っていただいているという、
ありがたい実感があります。
いただいている仏さまの教えによって、タオ療法のブースがひとつのものとして
支えられていると感じています。仏さまの願いと心を伝えたいという気持ちで、
騎西高校でのタオ療法ボランティア施術を今後も続けていきたいと思います。

文/後藤隆一

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