『モモ』ミヒャエル・エンデ著

岩波書店

                                   
                                   
大人のための物語「モモ」
                                   
日本で発刊されてまもなくのことだったので、もう随分昔のことになります(76年初版)。
すでに大人だった私が、小学校高学年向けとされている「モモ」を読んだのは。
60年代末に、学園紛争が日本各地の高校・大学で起こりました。沖縄返還が
72年、ベトナム戦争は75年に一応終末を迎え、石油ショック、ロッキード
事件、成田空港開港などなど、反戦運動、反政府運動が立て続けにあった時期
でした。
よど号乗っ取り、ジャンボ機墜落など、思い出せばきりがないくらいに、世界
が大きく揺れ、日本がその中にズッポリつかっているような時代でした。
                                   
そのころの私は、九州から絵の勉強を口実に、ひとりで生きていくために東京
に移り住んでいました。東京と地方の差を目の当たりにしながら、まわりの仲
間達のように、口角泡を飛ばして論じ合う事のない自分に歯がゆさを感じてい
たものです。でも、例え素晴らしい表現であっても、自分の思いが本当にこもっ
たものでないと白々しいだけだと言うことも感じていたのです。
                                   
そんな迷いの中に生きていた時、友人のひとりから勧められて、此の本を手に
することになりました。
当時の風潮とは随分かけ離れたもののようでしたが、読んでみてびっくり。主
人公のモモは、私のこともすっかり勇気づけてくれたのです。
                                   
モモはくしゃくしゃ頭の、ちいさな女の子で、ツギの入った、だぶだぶの服を
着た浮浪児です。別段取り柄といって何もないようですが、一つだけ素晴らし
い特徴をもっていました。どんな人も、その女の子に話をしているうちに、勝
手に元気になって帰って行くのです。それは、モモがひとの話を、ただじっと、
心を込めて聴いてあげるからでした。
その部分を読んだとき、どれほど救われた思いに包まれたことでしょうか。
「これだ!わたしもモモになる!」そう決意しました。それは、要するに意見
を言えない自分を慰める事でしかなかったのかもしれません。
                                   
モモの住んでいる場所や登場人物の名前は、今私のいるイタリアと似ています。
またモモは、今私がなんとか歩もうとしている道(タオ)そのものだというこ
とに、何か不思議な縁のようなものを感じます。
あの時決意した目標の達成は、まだ先のようですが・・・。
                                   
楽しい子供のための童話ですが、むしろ大人の私たちこそ、エンデの声に謙虚
に耳を傾けた方がいいようですね。いつもモモがするように。
                                   
                                   
文/三浦絹子(ローマ在住)
                                   
                                   

No related posts.

About creator